はるちゃんの介護日記

01.介護の始まり

はじめまして、私が体験してきた介護の話をさせて下さい。

皆様がこれから介護するとき、されるときのほんの少し参考にして下さればと思い書いてみます。グチも沢山たくさん出てくると思うけど、それも本音なので読んでみて下さい。

平成10年秋。

早朝、新聞を取りに行ってきた義母がヒザがガクガクして歩きにくいので病院へ連れて行って」と言うので脳神経外科へ連れて行きました。

先生は、すぐにMRI(※注)の撮影をすると「これは多分、脳梗塞だから紹介状を書くので、このまま総合病院へ行くように」と指示され、あ然としながらも総合病院へ向かいました。

診察が終わると「即、入院して下さい」と言うが早いか点滴され、ストレッチャーに乗せられ病室へ、そのまま入院しました。(歩きにくい、話しづらい、言葉が 出にくくなった、何となく身体が動かしづらくなったら、取りあえず病院へ行ってみて下さい。)義母は自分で気付いてくれたので素早く病院へ行けました。気 付くのが早かったので右半身が少し不自由になったけど、言葉も理解力も衰えてはいなかったのでホッとしました。

一週間が過ぎ、安定してきたので歩行練習開始です。

「オイ、オイ、歩けないゾ」

多少の覚悟はしていたものの、義母も主人も「アッ!」と思いました。脳梗塞って、こわい!と初めて感じました。

もう、あとは義母の精神力に頼るしかないのです。

「ガンバレ婆ちゃん」

本当に義母は頑張りました。1ヶ月経って一歩が二歩になり、二歩が五歩になり十歩になり10m程歩けるようになった時『退院して下さい』と先生。エ・エーッ、驚きました。

「私たちは、共稼ぎで誰も家に居ない時間があるのです。もう少しスムーズに歩けるまでお願いします。」
何度も何度もお願いしましたが病院でする事はここまでしか無いと言われるばかりです。困惑しました。どうしよう、どうしよう、どうしよう、時間は待ってはくれず、無情にも退院の日が…。主人が義母をオンブをして自宅へ帰りました。

(※MRI(エムアールアイ)=磁気を用いて体内の水素原子核の変化を画像化するもので、放射線被ばくもなく、各臓器の特性に応じた詳細な画像を得ることができる

つづく(はるちゃん)


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