記者ノート

このごろ、ちょっと変よ

 小泉政権になってから政治、それを取り巻く国民の動向がちょっと変な方向に行っているような気がしてなりません。そう思うのは私だけ?
 小泉首相は、1にテレビ、2に雑誌、3にスポーツ紙といわれるくらい、いわゆる新聞が大嫌いだそうな。国会などで新聞記者だけの場では、何を質問されても「ウ〜ン」「あ、そう」。仏頂面で何も答えないといいます。しかし、テレビカメラがあると表情も語りも国民受けを狙うかのように変ぼうするらしい。誇張し過ぎかもしれませんが、新聞が嫌いなことは有名です。この政権のメディア戦略も、したたかです。最近は参院選をにらんで、意図的、露骨な手法がエスカレートしているとしか思えません。
 例えば、昨年10月の道路公団の総裁の更迭は、民主・自由党の合併大会の日。石原国交相が日曜日にわざわざ総裁を呼び出して通告しなければならない必要性はないことで、この合併大会にぶつけてきたことは明らかです。しかも、5日後は衆院選がスタートするわけで、何をかいわんやです。
 ついこの間の首相自身の年金未加入問題も、週刊誌、通信社が報じる動きを察知し、秘書官が素早く対応しました。また、「訪朝発表」で、「小沢民主党代表」(もっとも辞退をしたのですが)の影が薄くなり、さらに年金問題が加わり、国民はニュース価値の判断に迷ってしまいます。そして、「拉致(らち)家族5人が帰国」。日朝首脳会談の評価は分かれますが、これも参院選を前に功を焦ったという見方が強いのは確かです。
 情報操作に慣らされたとまではいかないまでも、国民の反応も変わってきています。イラク3邦人人質事件では、「自己責任」という言葉が駆け巡りました。この「自己責任」という言葉を最初に口にし、マスコミに載せたのは他ならぬ官邸でした。
さらに、今回の訪朝では、首相に噛みついた拉致被害者家族へのバッシング。国のすること、言うことに盾つくなと言わんばかりです。もちろん、意見は自由ですが、国民がこぞって1つの方向に反応する事象が目立っています。情報操作は国民の反応さえも操作してしまうのでしょうか。何か怖いものを感じてしまいます。
 日々の新聞記事の見出しの大きさや、テレビであれば項目の順番に惑わされたらいけません。大きさや順番はそれなりの理由はあるのですが、自分流のモノの見方を大切にしましょう。こんな時代だから。(俊)


  

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