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 島根県松江市の天神町商店街は古くから松江の中心的商店街として市民に親しまれてきましたが、近年になって市内各商店街の空洞化が進み、天神町商店街もその例に漏れません。
 そこで天神町では地域の活性化に向けて様々な取り組みがなされており、そのキーワードのひとつが「お年寄りにやさしいまちづくり」です。
 ここでは(協)松江天神町商店街理事長・中村寿夫さんのレポートを通して、その再生への取り組みを順次お伝えしていきます。(おいらく)


【松江天神町商店街のお年寄りに優しいまちづくり vol.01】 
松江天神町商店街の「お年寄りにやさしいまちづくり」は、こうして始まった!

      (協)松江天神町商店街 理事長 中村寿男

 みなさん、はじめまして。私は松江天神町商店街の理事長をしております中村寿男(なかむらひさお)です。松江天神町商店街の理事長をおおせつかり、今年で6年目を迎えました。そしてこの6年間に私は「新しい街づくり」というすばらしい体験をさせていただきました。この私の体験、松江天神町商店街の「お年寄りに優しい街づくり」の経過とその後の様子を書かせていただき、読者の皆さんとともに街づくりについて考えていきたいと思っております。

 私たちの松江天神町商店街の歴史は古く、慶長16年、堀尾吉晴が、松江に城を築くと同時にできた町といわれています。江戸時代から門前町として栄え、この頃から現在老舗と言われる歴史ある店舗が存在しはじめ、明治7年頃には、山陰ではじめて夜店市や芝居小屋、映画館の草分けでもあるハイカラ館などがたてられ、松江随一の歓楽街として、明治末期には松江銀座と称されるほどの賑わいを見せていました。ところが昭和50年代後半から、市街地のドーナツ化現象や車社会に呼応した郊外型大型店の進出、更には後継者問題などで、衰退の一途をたどりはじめました。

 唯一、私たち商店街が誇るべきことは毎年の7月24日・25日の夏の天満宮例大祭で、神輿がのべ10数台も出て、この時だけは夜遅くまでたくさんの人で賑わいます。この「祭り」を何とかきっかけに商店街の活性化が出来ないかと、試行錯誤をしていましたが、結局はなすすべもなく、毎年少しずつ商店街は寂れていくばかりでした。

 ところが平成11年の2月頃、突然、松江市から新しいタイプの天神町の活性化の提案がありました。それは「お年寄りにやさしいまちづくり」でした。日本の一番の高齢者県・島根県の県庁所在地である松江市の中で、この天神町を中心とした白潟(しらかた)地区が一番高齢者の住んでいる地域です。(白潟地区は高齢者率29%、独居150世帯)今後2050年頃まで、日本全体が高齢化していきますが、その先進県として、そしてその県庁所在地の松江市として、ぜひ全国に先駆けて高齢者の方の住み良いモデル地区(生き生きお年寄りさんをつくるまち)を作りたい、それを、天神町で作りたいとの松江市の提案でした。

 商店街のメンバーは、日頃から、今後の商店街に危機感を持っていたので、最初は「お年寄りさん」という対象に戸惑いはありましたが、日本で一番の高齢者県を、発想の転換でプラスに取る行政の考え方に感動し、「お年寄りにやさしいまちづくり」による天神町の活性化を推進することに決めました。即、商店街の若手を集めたプロジェクトチーム「天神町まちづくり委員会」を発足させ、毎週火曜日に早朝ミーティングをはじめました。また同時に、松江市・商工会議所TMO・天神町商店街役員での(官民一体の)ワーキング会議も開始されました。
 そして、それらの会議や視察等を重ねていくうち、「お年寄りにやさしいまちづくり」の3つの重要ポイントをおさえることが出来、それを出来るところから実行していきました。
<(協)松江天神町商店街理事長・中村寿夫 2004.5.6>


  

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